Musical『The Parlor』感想。

先日、美弥るりかさん主演Musical『The Parlor』を観劇してきました。場所は、(たぶん)初めてのよみうり大手町ホール。大きさはバウホールくらいなのかな、後ろの端っこでしたが見やすくてよかったです。

ネタバレ配慮なしです。あんまり「感想」という感じでもないかもしれないです……タイトル「感想」なのに。

公式サイト:https://theparlor.jp/

キャストと公演時間。

美弥るりか as 円山朱里
花乃まりあ(二役)as 草笛 灯 & 円山千里
植原卓也 as 小澤 巧
舘形比呂一 as ザザ/名座龍之介
北川理恵 as アリス/有栖川祥子
坂元健児 as 草笛遊史
剣 幸 as 円山阿弥莉

お久しぶりの演者さんと初めましての演者さん。

昨年、2021年11月に上演された、宝塚歌劇花組月組100周年記念公演での剣幸さん(うたこさん)の歌唱にとても感動しまして(相手役さんだったこだま愛さんとのデュエット素晴らしかった~!)。さらにスカイステージで放送されていた初演ルポァゾンにもやられまして、機会があったら是非うたこさんのお芝居が観てみたい……とふんわり思っていたのでした。

(全然The Parlor関係ないですが、上のつぶやきで「元気が出ない」と言っているのは、贔屓の公演が休演になってしまっていたからです)

さらに、主演・共演が美弥るりかさん(みやちゃん)と花乃まりあさん(かのちゃん)って。宝塚時代のお二人のお芝居や舞台姿も好きでしたので、これは観に行くしかない!

このつぶやき、何と言ったらいいのか難しくて。パーラーの舞台のすべてに泣けたというと大げさすぎていやだし、ちょっと違う気がする。ストーリーも、だけど、たぶん、演者さんたちの表現、特に楽曲と歌での表現にぶん殴られたんだと思います。みんな生きてる感じがしたんですよね。うたこさんのソロも心に響きました。

そもそもタイトルにミュージカルってついてるんだから、そうなんですけど、思っていた以上にミュージカルでとても好きでした。外部は特に、歌う場面がいっぱいあると嬉しくなります。

パーラーは、ソロはもちろん、みんなで歌って踊るまさに「ミュージカル」な場面がいくつかあったのも嬉しかったです!私は、基本的に、外部の舞台は宝塚OGさん目当てに行っているので、宝塚卒業したって、みなさんの歌と踊りとお芝居、すべてが観たいんだ!と痛感しました。

音楽がまたよかったんですよ!すべてオリジナルの楽曲で、アメリカで活躍されているアレクサンダー・セージ・オーエンさんの作曲・編曲とのこと。

王道ってなんだろう。

みやちゃん演じる朱里(しゅり)さんが、灯(あかり)さんに「あんたたちは世界の半分しか見えてない」と言います。(すみません、台詞はうろ覚えです…)

大学行って、会社に就職して、結婚して子供を産む、家を買う。トイトイトイ(劇中に出てくる人生ゲームのようなゲーム)は、それが「王道」だと「普通」だと「正解」だという価値観を押し付けている。植え付けている。みんながそういう道を歩くわけでも、歩けるわけでもない。このゲームはそういう道とは異なる道を歩く人の存在が何も見えていない。と、朱里さんは主張します。

女の子はピンク、男の子は青。男の子は勇者、女の子はプリンセス。

なんなの、その価値観の押し付けは、と叫ぶ人がいる一方、でも王道が王道と言われるのは、それなりの理由があるんじゃない?だってピンクは優しくていい色だものと主張する人もいる。

(ピンクがいい色だということと、それを娘に押し付けるのはまた違う話だよなーしかもそういう理由なら二重にどうなのと思いました。このくだり。
『二重に』というのは、
1.自分はいい色だと思うものを他者は着たくないと言っているのに押し付ける。
2.「優しくて」いい色=「優しく」いることを押し付けている)

話はそれますが、私自身はピンクが着たいのに、似合わないからやめろと言われ続けた女の子でした。「だからピンクは着せてもらえなかった」と言いたいところですが、ピンクのワンピースを一着だけ着せてもらったことがあって、それは確かに似合っていなかったなって……。今は、特別ピンクが好きとかもないけど、自分に似合いそうなピンクなら着てます。

パーラーのストーリーのここの部分を、なんとなく落ち着いた気持ちで観ていられたのは、たぶん、自分が、少なくとも家族や友達といった身近な人たちにいわゆる「王道」を押し付けられることなくここまでこれたからだろうなあと思った。価値観や偏見や思い込みは、自分では気がつきにくいから、押し付けられていても気がついていないのかもしれないけど。

以前、会社の人や周りの人、みんな普通に結婚して子供産んで、やがて家を買って、ということをみんなごく普通にしているように(私からは)みえるけど、それってとても難しいよねと思ったことを思い出しました。私には「難しい」と思いました。

「普通」なはずなのに、難しいってそれは「普通」じゃなくない?そもそも、自分はずっと「普通」に生きてきた「普通」の人間なのに、そういういわゆる「普通」にたどり着かないということはそれは「普通」ではなくない??なんて思ったものです。
ちなみに、王道=多くの人がそうであること=『普通』という定義で喋っています。

身を削ること。

自身の身を削ってでも、何かをつくる、成し遂げる人を、それができる人にあこがれます。

最近、大河ドラマ鎌倉殿の十三人にはまっていて、主演の北条義時役の小栗旬くんのプロフェッショナルを見たのですが、そこでもこのワードが出てきました。誰かの人生に刺さるような、誰かの人生の1ページになるような、そういうものを作りたいなら自分を削らないとそういうものは作れないだろうと話されていました。

パーラーでは、朱里さんが、お嬢様育ちで意志もなくなんとなくトイッスル社に入社してここまできた灯さんに言うんですよね。私はゲームを作るこの仕事だけはどんな時だって自分を削ってでもやってきたと。

自分の身を削ってでもなにかを作った人、成し遂げた人にしか見えない世界があるらしい。いろんな本や、物語でも、そういうふうに言われています。

私も、自分の身を削ってまで何かをしないと見られない、知ることのない世界を知ってみたいと思う。でもいつだって、自分を削ることなんてできないんですよねー……。

自分をとどめる場所や存在。重力。

自分の「いる場所」問題にはいつだって興味があるんです。最近は、少なくとも贔屓がいるうちは、私は宝塚から離れることはできないなと思っているので、解決してしまった部分も多いのですが。

(またまた話それますが、趣味で自分の住む場所、生きる場所を決めるというのはどうなのかな、と思った時期もありました。でも私の人生には、少なくとも今は、どう考えても重大なことだからいいかという結論に達しました)

朱里さんは、子どもを産むのは重すぎると言うし、うたこさん演じる阿弥莉(あみり)さんがパーラーを手放すことも了承します。子どもも家も、『重力』であり、自分をその場にとどめるもの。ホームかノマドかという問いから始まったこの物語で表現するなら、それは「ホーム」を選ぶ人生。

でも物語を経て、朱里さんの決断はがらりと変わる。それは阿弥莉さんも同じで、一時は手放そうとしていたパーラーを残す決断をします。そして朱里さんも(また、思いがけず灯さんも)パーラーを引き継ぎたいと告げる。朱里さんはパーラーにも自分の居場所をつくり、LAで子どもを産みます。

Home or Nomad。物語の冒頭にこの問いがでてきた瞬間から「どっちも選び取ることはできないのかな?」なんて思っていたら、ラストで、Home and Nomadという表記になり、個人的伏線回収がされたような興奮がつきあげたのですが、その後、朱里は戻ってきて、andをorに戻します。あら?と思っていたら、そこからさらに考え、Home or Nomad or 〇〇 と書き直すんです。想像以上の結論にマスクの下にこにこしちゃいました。たった二択なわけがない。なんとでも、好きなように、いくらでも道はあると、言ってくれるんですね。

その結論を置いておいても、最初の場面が、最後に戻ってきてつながるのっていいですよね~。そういうの大好き~!

それぞれの一歩が、ささやかな奇跡に。

たった一人のヒーローのような主人公が、誰かを救ったり、一方的に影響を与えたりするのではなくて。登場人物一人一人が、それぞれに出会って影響を受けて、それぞれほんの少しだけ歩いてみたら、それぞれに連鎖して、外から見ると大したことのないような、でも当事者から見るととてつもなく大きな奇跡につながったお話、だと思いました。

このお父さん(坂元健児さん演じる遊史さん)の変化が一番の奇跡じゃないかな。自分のせいで、千里さんを、子どもたちの母を奪ってしまった。あの時自分がああしていれば、という後悔と罪悪感に苛まれていた、はわかるんだけど、千里さんを失う前からみせていた、千里さんのパーラーでの仕事をあんなふうに軽んじる価値観が、あんなあっさりころっと変わるかしら…?というのはちょっと疑わしく見てしまいました。笑

でも、男の子は青、女の子はピンクのくだり、私は自分の性別が女だから女性に押し付けられる価値観に反応しがちですが、男性だって、女性が押し付けられがちな価値観と逆のものを、押し付けられているんですよね。男はしっかり外で働け、強くあれ。泣くな。公式サイトのキャスト紹介のページで、遊史さんについて、「男たるものこうあるべしという帝王学を両親から叩き込まれてきた」とあるので、遊史さんも、『王道』に押し込められてきたひとなんですよね。

男たるもの、女たるものの価値観、ジェンダー、着たいものを着る、好きなものを好きと言おう。そういう話題にさらに、子どもをもつかもたないか、とか、朱里さんは、千里さんの連れ子さんだったのか、など、設定盛りだくさんで、まってまって、多すぎるとなったのです。でもこうして思い出しつつ書いてみると、そんなややこしいことでもないか……? という気持ちにもなってきました。見ているときは設定多いなーと思ったのですが。

個人的には、北川理恵さん演じるアリスのその後が気になります。自分の理想や好みを彼女に押し付けてくる夫との関係が彼女のトピックスでした。劇中では、自分の「好き」をちゃんと伝えるわ!で終わったので、どうだったのかなと。夫の登場はなかったのですが、勝手にモラハラ夫っぽく感じてしまったので、別れてしまいそうだなと思いつつ、アリスちゃんの勇気が小さな奇跡に結び付くといいなと思っています。そもそもその勇気が出せたこと自体が、アリスちゃんにとっての「奇跡」なんだろうなとも思います。

その他こまごま。

・映像の使い方もよかったです!トイトイトイのオンラインゲーム、またの名をThe Parlor私もやってみたいです~!

・舞台上でニンテンドースイッチが出てきますが、朱里ちゃんの過去の記憶場面で、懐かしのゲームボーイ本体が出てきたのも興奮しました。あの縦長で分厚い、白黒?のやつ!(カエルのために鐘が鳴る好きだった~~~!なんだかすごく「わさび」が印象的です。ああ大人になった今、またやってみたい~!)

・劇中に出てくる要素が、自分にもまとわりついてくることだからか、感想をまとめるはずが自分の人生や持っている価値観の振り返りが多めになってしまったなー。

感情を揺さぶられた舞台でした。

ぜひ生の舞台で観てみたかった方のお芝居と歌が観れて聴けて、お久しぶりの方の舞台姿を観れて、すがすがしいラストで、観劇できてよかったです。

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